ヒグマ、もしくはウナギイヌとの遭遇

  
  
  ヒグマは賢い動物だ。
  だから人間を見たら逃げる。
  それにそもそも人と出くわさないように行動している。
  
  
昔からよく耳にする言葉だ。
逆の意見をとんと聞いたことがなかったので、ぼくはその言葉を信じていたし、そうあってほしいと願っていた。
好戦的な羊や、獰猛な鳩がいないのと同じように、‘人を見かけたら向かってくるヒグマ’ なんているわけないじゃないか。
ぼくはずっとそう思っていたのだ。
この日までは。
  
  
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プンパニッケル、とどく

以前にも書いた、食工房さんのパンが、福島からおくられてきました。
食工房さんのパンが、福島からおくられてきました。

思いがけないごちそうです。

 

今回は、こんな感じで食べてみます。
左から、山牛蒡の味噌漬け、ラタトゥイユ、胡瓜の甘酒漬けです。

左から、山牛蒡の味噌漬け、ラタトゥイユ、胡瓜の甘酒漬けです。

ラタトゥイユは、前々からこれはプンパニッケルに合うに決まってると思ってて、ずっと試してみたかったのです。
山牛蒡の味噌漬けは、これも味噌漬けを単体で食べてるときから、ライ麦パンと一緒に食べたいなぁと思い続けていたもので、今回ようやく実現しました。

思ったとおり、ドンピシャにおいしかったです。
ラタトゥイユも牛蒡の味噌漬けも、やや酸味がある食べ物なので、それがプンパニッケルの酸味に合うのでしょうか。
ザワークラウトやニシンの酢漬けが定番であることを考えると、まんざら外してないかもしれません。

胡瓜の甘酒漬けは・・・・、胡瓜のまま食べた方がおいしいですね。
甘酒に漬けると、ものすごく繊細な風味が何層にも重なる感じで口の中に広がるのですが、その薄膜感たるや、まるで雲母のような儚さなので、なにかと一緒に食べるものではないような気がしました。

ところで、以前に食工房さんのパンの記事を書いたとき、ニシンの酢漬けがピッタリだと言ったのですが、どうもあれはニシンの山椒漬けだったようです。
ニシンの山椒漬けというのは、福島県は会津地方の郷土食です。

 

福島県スローフード連絡協議会:にしんの山椒漬け
http://www.fukushima-sf.com/data/nishinnosanshouduke.html

 

だけどぼくが北欧で、くる日もくる日も食べ続けたのもニシンの酢漬けで、それと山椒漬けは「まったく同じ」と言っていいくらいにそっくりな味だったのです。
たしかに北欧のものもスパイスがきいてはいましたが、まさか山椒ではないですよね。
調べたわけじゃないけれど、北欧と会津には、過去にさかのぼってもおそらく接点はないんじゃないでしょうか。
まったくもって、料理ってのは不思議なものですね。

アンギラスは主役、ニセイカウシュッペ山は脇役

  
どうしてこの山には名前が無いのだろうかと不思議に思う山はいくつかありますが、北大雪はニセイカウシュッペ山の東に聳え立つ岩山は、まさにその最たるものだと思うのです。
  
  

ニセイカウシュッペ山の東に聳える岩山

ニセイカウシュッペ山の東に聳える岩山


  
  
山頂部にいくつもの岩塔を従えた姿は、まるで北の八ツ峰。
それはいくらなんでも褒めすぎだろうというのなら、北のエギーユ・デュ・ミディ。
いえ、ウソです。すんません。
  
  
いずれにしても、もともと岩峰に乏しい北海道では、こういう凛々しい山はそうそうお目にかかれないので、ニペソツ、芦別岳、利尻岳に次ぐ地位を与えられてもいいんじゃないかと思うのですが、なんせ正式な名前が無いのです。
  
  
しかし正式な名はなくても通称名はあります。
誰が呼んだかアンギラス。
おそらく北海道の岳人たちも、名前がなけりゃ話しもしにくいということで、いつしかこの呼び方が定着していったのでしょう。
いちおう補足しておくと、軍艦山という冴えない呼び名もあるようです。
  
  
というわけで、今回の山行の主役はニセイカウシュッペ山ではなく、アンギラスなのです。
  
  
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狩場山 真駒内コース 敗退

撤退を決める理由というのはいろいろある。
道を見失うことだったり、時間切れだったり、難所を通過する技量がないことだったり、怪我だったり、まぁとにかくいろいろある。
でも今回ぼくが、狩場山の途中で撤退した理由というのは、自分でもはっきりこれだというのが分からないのだ。

直接のトリガーとなったのは、残雪斜面のトラバースに危険を感じたことだ。
突っ込めば高確率で滑落してただろう。
安全に通過するための装備はなかった。

でも、もしアイゼンとピッケルを持っていたとしたら、ぼくは先へ進んでいただろうか。
分からない。

慎重に雪渓を歩く

もうその時点で、ぼくはそうとう疲れていた。
体力的なことではない。
そこまでの道のりを振り返り、また同じルートを戻ることを想像すると、いっきに気力が萎えていくのだ。
それくらい’いろんなこと’があったし、同じ数の’いろんなこと’をもう一度味わわなきゃならない。

もう沢山だ。
ここまで来られたらじゅうぶんじゃないか。
そう言って、きびすを返した、狩場山真駒内コースの、これは負けた記録だ。

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魅惑のファーストエイドキット

ファーストエイドキットという言葉にワクワクした経験はないでしょうか。
こどものころ読んだいわゆる野外生活マニュアル的な書物には、たいていファーストエイドキットなるものが紹介されていました。
薬はもちろんのこと、見たことのない器具や小さく折りたたまれた道具などがシステマチックに収納されて、赤地に白の十字がプリントされたバッグに収められている、あれです。

あれさえあればどんなケガや病気にも対処できるような気がしたし、持っているだけで熟練者として認めてもらえるんじゃないかと思ったものです。
もちろん実際には、持ってるだけでは意味がないばかりか使い方が分かっていないと用を足さないし、そもそもファーストエイドキットを開く事態にならないよう行動することこそが真の熟練者であることはいうまでもありません。

こどものころはただの憧れ、あるいはカッコつけのアイテムだったファーストエイドキットですが、年を取るにつれて自分の体の弱さや脆さが分かってくると、重要性は段違いに増してきます。
とくに、山の中で泊ったり、ほとんど誰とも会わないような山に行く場合はなおさらです。

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徳舜瞥山とホロホロ山

夏は、この日から始まった。

夏は、この日から始まった。

北国の季節の移り変わりは、ある日突然にやってくる。
だんだん暖かくなってきたね、だとか、いつのまにかもう秋ね、などというユルい変化はない。
カレンダーをびりびりと破いて、ハイ今日から夏です!、あるいは、ハイ春は終わりました!。
杭打ち機がヨサコイ踊ってるみたいな前夜の激しい雷は、まさに夏のスタートを告げる号砲だったのだ。

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安達太良山の風と空

夜が明けたばかりの小屋の中は、耳が痛くなるくらい静まりかえっていました。
小屋番もまだ起きていないし、3人組の寝息さえ聞こえてきません。

上半身を起こし、外を見ようとした瞬間、窓ガラスががたんと揺れました。
電車の中で扉のそばに立っていて、反対行きの電車とすれ違ったときみたいに、窓枠ごとガタガタと揺れました。
突風です。

事前に調べはついていましたが、今日の稜線は風との戦いになることは間違いなさそうです。
上空1500m付近の風速は、矢羽根にペナントが立つかどうか、つまり50ノット近い風が予想されましたし、それは遅い時間になるほど強くなりそうでした。

さいわい出発の準備はゆうべの内にすませてあります。
布団をきれいにたたみ、静かにストレッチを始め、朝食の合図とともに動けるように

布団をきれいにたたみ、静かにストレッチを始め、朝食の合図とともに動けるように備えます。

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あこがれの山、安達太良山

ごんぎつね、やまなし、それから・・・スーホの白い馬、なんてのもあったなぁ。
小学校のときなんてろくすっぽ勉強しなかったから、こういう作品がどんな内容だったかなんてまるで覚えていません。
それなのに不思議なもので、大人になってから文章の一節を見たり聞いたりすると、一瞬にして’覚えていないはずの記憶’がよみがえり、あのころに引き戻されてしまうことがあります。

ぼくの勝手な思い込みだったら許してほしいのですが、安達太良山と聞いてあなたは何を思い浮かべますかと問えば、おそらく日本人のほとんどは、智恵子抄と答えるのではないでしょうか。

  智恵子は東京に空が無いといふ、
  ほんとの空が見たいといふ。

    -中略-

  智恵子は遠くを見ながら言ふ。
  阿多多羅山の山の上に
  毎日出てゐる青い空が
  智恵子のほんとの空だといふ。

</引用>

ほんとの空と言いきれるほどの空を知っている智恵子の言葉を、ぼくはあどけない話などと思ったりはしません。
そして、そんな場所に故郷がある智恵子のことを、すこし羨ましく思うのです。

智恵子の言うほんとの空をいつか見てみたい。
夢と呼ぶにはいささか小さいけれど、長いあいだ憧れの山だった安達太良山に登ってきた、5月にしては暑い、そして風が強かった日の話しです。

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